Interview
坂本健(「cenci」オーナーシェフ) 前篇
京都・岡崎にあるイタリア料理店「cenci(チェンチ)」。
「cenci」オーナーシェフの坂本健氏は、「素材」を最も大切にする料理人です。素材に手間を加えることによって、その良さを最大限に引き出し、食材の生産者さんの想いと一緒に、食べる人へと届けています。食材はもちろんのこと、器やカトラリーをはじめ、机や椅子、建築やお庭に至るまでがそれぞれの物語を持っているのが「cenci」です。
坂本シェフの料理と、HOSOOのスタイリングマットとのペアリング。一皿一皿がテキスタイルとひびき合い、特別なインスピレーションがもたらされました。
2回にわたり、坂本シェフのインタビューをお届けします。今回の「前篇」では、坂本シェフのものづくりの哲学や、料理に込める想いを伺いました。
店名の由来
「cenci(チェンチ)」という店名は、僕がまだ料理の道に入る前の学生時代、ヨーロッパを旅行したときに、ロンドンで「cenci」という名前の古着屋さんに出逢ったところから来ています。そのお店はデッドストック(売れ残り品や流通在庫品)の衣服などを扱う古着屋さんで、戦前の服なども扱っていました。
当時から僕は古着が好きでよく着ていたのですが、そのお店のオーナーと喋ると、彼は「40年、50年の間着られる服って、素晴らしいよね」という話をしてくれました。「今のファッション・ウィークで発表されているような服は、表面的なものが多い。ファッション・ウィークが終わって、1、2ヶ月メディアに情報が出た後は、もうみんな次の年の新作のことを考えている。その服を30年着る気はない。ビジネスとしての必要性はわかるけど、古い服の良さをみんながきちんと理解したうえで新しい服をつくっていかないと、ただ捨てられる服が増えるだけだと思う」と。その言葉を聞いて僕は、すごいな、素敵だなと思いました。「物事に対して丁寧に接する」ことをすごくその人は大事にされていて、彼の言葉を、今でもたびたび思い出します。
「温故知新」の大切さ
「古くからあるものを大切にする」という意味で、料理と伝統工芸は近いと思っています。「温故知新」が大切です。新しいことをやろうと思うときに、現代の新しいものだけをヒントにすると、すごく薄いものになってしまう。だからこそ古くから伝わっている技術を知ることが重要です。料理で言えば、なぜその料理ができたのかや、食材の伝統的な組み合わせの美味しさはどこにあるのか、などです。たとえば「お揚げと青菜の炊いたん」は、京都では誰もが知っている日常的な料理ですが、とても美味しい。お揚げの油分に青菜と出汁を合わせておひたしのようにしているだけですが、お揚げと青菜の関係性を理解することがすごく重要で、そこに美味しさの秘訣がある。そこを掘れば掘るほど、レシピの本を読むよりも勉強になります。
「お揚げと青菜の炊いたん」であれば、それを掘り下げるときに僕は、お揚げが、どんな食材に代われば美味しいのかを考えます。油分があるから、こういう食感の素材かもしれない。魚なら何だろうか。筋肉質な魚なのか、そうでない魚なのか。生の状態なのか火が入った状態なのか。という感じで、さまざまに想像をめぐらせながら、古くから伝わっている食材の組み合わせを掘り下げていくと、新しく合う食材が見えてきたりもします。
だから最初から一気に新しい料理へ向かうよりも、元々ある「鉄板」の組み合わせを学んで、それを実際に食べてみることが重要です。その意味でおばんざい屋さんに行くと、すごく勉強になります。今は新型コロナで動けませんが、アジア諸国へ行くときも、現地では高級レストランに行くよりも、屋台などにローカルフードを食べによく行くんです。その土地に昔からある食材ですごく上手に料理を仕上げているので、自分が知らなかった「美味しさ」を発見する楽しさがあります。その料理を、京都にある食材で置き換えてつくるとしたら何に置き換えるか、というふうに連想をはたらかせています。当たり前に美味しいものの理由を常に分解して考える習慣によって、掘り下げる力はついてくるのだと思います。
世界に誇れる、日本の技術
西陣織はテキスタイルとして、手が入っていてとても深みを持った素材だと思います。実際に織っている光景を海外の人が見たら、「そんなに細かいところにまでこだわるの?」と衝撃を受けるはずです。繊維の細部に至るまでこだわり抜く、特別なものづくりです。僕はそのような、細かい部分にこだわりつづけることができる日本人の能力は、世界に誇れるものだと思っています。伝統工芸もそうですし、料理や、農業にしてもそうです。それが世界と戦っていく上では一番の武器になる。料理では特に実感しているのですが、たとえばフランスでは、「『ミシュランガイド』で3つ星を獲りたければ、絶対に日本人を入れるべきだ。確実に料理のレベルが上がるから」と、レストランのシェフたちが口をそろえて言います。それぐらい日本人の手先の器用さや勤勉さは、世界に勝つことができる技術なのです。
でも社会は今、すごく危うい状況だと思います。かならずしも勤勉でなくても、うまくやっていけてしまう。スマートフォンも、僕らの世代も都合よく使っていますけど、若い人にとってはそれが生まれた時から目の前にあったわけですよね。その便利さを知っていたら、何を学ぶにも、「遠回りする」気がしないのではないでしょうか。僕らの時代は図書館に行って本を探して、「この本が合うかも」と見当をつけたり、図書館で見た本で「カッコいい」と思って憧れからその分野に興味を持ったりして、「ここに辿り着くために自分の技術を上げよう」という意志が出てきたりもしていました。でも今は、自分の職人として技術は磨いていなくても、スマートフォンの検索はみんな同じレベルでできてしまいますよね。
けれども料理にしても何にしても、手間のかかる仕事や作業は、理由があって手間がかかるわけです。僕らがやっている「イノベーティブ」と呼ばれるジャンルは革新性ゆえに危うい部分もあると思うんですけど、新しい分野の中にも絶対に、和食の料理人たちが大事にしている伝統的な技術は残していきたい。見た目が華やかな料理やキャッチーな料理もつくったりはしているのですが、伝統的な技術を踏まえたうえで、きちんとした仕事をすることはすごく重要だと思います。
料理を通じて、メッセージを伝える
「cenci」は今、開業から7年目を迎えています。皆様に評価していただけているからこそ、自分たちの料理も、営業形態も、すべて見られていると思っています。だからこそ「cenci」は、みんながこれから目指していくべき世界観を体現しているレストランである必要性があると感じています。「サステイナブル」であることが重要視される流れのなか、それを言うだけでなく、実際に「サステイナブル」な取り組みを、当然のように行なっていかないといけません。「稀少な食材を使わない」のもそうですし、「牛肉を食べすぎない」というのもそうです。「cenci」が届けているのは、そういったメッセージ性がある料理です。
「美味しい、このお店が好きだ」と思ってくれる人たちに、何かのかたちで、料理に込めたメッセージが伝わっていくといいなと思っています。「未来のために、自分たちもきちんとしないと」という気持ちが、伝わっていくレストランでありたいと思っています。
「後篇」へ続く
坂本健 Ken Sakamoto
1975年、京都生まれ。大学在学中にヨーロッパを旅行した際、イタリア料理の美味しさに出会い、料理人の道へ進む。大学卒業後の99年に、東山七条のトラットリア「イル パッパラルド」でキャリアをスタート。当時シェフを務めていた笹島保弘氏のもとで料理を学ぶ。2002年には笹島シェフの独立に伴い「イル ギオットーネ」に移籍し、和の食材を用いた新たなイタリア料理を創出。9年間料理長を務めた後、14年に独立、岡崎に「cenci(チェンチ)」をオープン。素材の良さを引き出し、食材の生産者の想いを伝えるイタリア料理を、器から建築まで、味わいのある空間で届けている。