レストランという空間には、物語がある

レストランという空間には、物語がある

Interview

坂本健(「cenci」オーナーシェフ) 後篇

 

京都・岡崎にあるイタリア料理店「cenci(チェンチ)」。オーナーシェフの坂本健氏へのインタビュー、後篇をお届けします。HOSOOのスタイリングマットに合わせたお料理のことや、レストランに込めた物語、京都から日本の技術を発信する意味についてお話しいただきました。

 

HOSOOのスタイリングマットとのペアリング

今回の料理は、この季節の食材の色彩がしっかりあるものだったので、それに合うスタイリングマットと取り合わせています。光が強いものよりも、少し落ち着いたトーンのものの方が合うのかな、という組み合わせですね。

緑のスタイリングマットが綺麗なので、3皿目のパスタは、それを生かす色合いを持っている料理として合わせています。パスタのアスパラガスの色が同調したり、黄色が映えたりして良い感じになると思いました。味わいも含め、全体的に優しい雰囲気の料理なので、下で受けるマットの色もぐっと目立ってくると思います。

 

鮎と合わせているのはガスパチョです。ガスパチョにはふつう、お酢などの酸を使うんですけど、このガスパチョには、お酢などはいっさい使わず、野菜だけを使っています。香味野菜を常温発酵させて、塩漬けし、酸が出たところで、トマトと一緒にミキサーにかけて、酸味のある香味野菜のガスパチョをつくっています。水っぽくないのはそれが理由です。濃厚だけどくどいわけではなく、発酵によって野菜たちの旨味がしっかり出ているので、美味しい。キレがある酸味は、食材自体の成分から生まれた酸によるもので、そこが新しいかなと思います。見た目でわかる新しさというよりは、話を聞いてはじめて気づくような新しさが好きです。

鮎は一度内臓を先に出してしまって、衣をはたいて揚げています。そうすると、お腹の中まで揚げることができます。内臓が入ったまま揚げると、外しか揚げることができないので、小鮎とはいえ、中骨がどうしても気になる。だからいったん内臓を取り出し、中骨から揚げられるようにして、取り出した内臓をペーストにして詰め戻しています。そうすることで、鮎の内臓の味もしますし、きちんと綺麗に揚がって、食べたときに「サクサクして美味しい」食感になります。

 

どこの日本料理屋さんに行っても、鮎の塩焼きが出てきますよね。僕はさまざまな鮎料理に挑戦しているんですけど、「cenci」に来て食べた鮎料理が、鮎の塩焼きに負けないぐらい美味しかったと思ってもらえるようにしたい。鮎はみんなが好きな食材ですし、夏の風物詩という意味でも出したい食材ではありますが、「とはいえ塩焼きの方が美味しいよな」と思われない料理をつくりたいと思っています。鮎の塩焼きという料理を分解して、単にもじったりするのではなく。それは自分の中でテーマとしてあります。今回お出しした、鮎を塩焼きのように蓼酢(たでず)ではなく、ガスパチョの酸と合わせる食べ合わせは、自分の中ではすごく好きなものです。

 

味覚の変化がリズムを生み出す

cenci」の場合、アラカルトではなくコースで料理を提供する以上、コースの中でさまざまな味覚を満たしたいという想いが僕の中ですごくあります。たとえば和食のお店や居酒屋に行くと、揚げ物、お造り、酢の物、野菜、焼き魚というように、お客様は食べたいものをすごくバランス良く注文すると思うんですね。でもコースメニューというのは、こちらからの一方通行になってしまうので、味覚の変化を感じながら楽しめるコースであるかはきちんと考えています。

 

酸味をきかせるにしても、同じトーンの酸味を立て続けに使わないとか、乳脂肪の料理を続けないとか。「スプーンですくう料理ばかりだった」とならないように、平皿でフォークで食べる料理もあれば、小さな器からすくいとって食べる料理も入れる。重ための料理の後に、酢の物のように舌をリセットしてくれる、酸を鋭くきかせた料理を出したり。鮎とガスパチョであれば、鮎は食べた後、口の中に鮎の苦味や脂など、川魚らしい感触が残りますよね。その余韻を残したまま次の料理に行ってしまうと、次の料理が負けてしまう可能性もある。ガスパチョと組み合わせることで、口の中を酸でリセットして、それで次の料理に展開していくというふうに考えています。

 

僕はコース料理では「すべての料理が4番バッターである必要はない」と思っています。ハンバーグやエビフライ、ステーキ、マグロ料理のような「4番バッター」がコースの中で続くと、人の食への欲求は早く満たされすぎて、次の皿への意欲が薄れてしまう。だからこそ「このお皿を食べた後に食べたいお皿」というイメージを、明確に持ってコースを考えるようにしています。「今年はこれが美味しそう」「この時期はこれが良い」と、旬の食材を、メニューを決める段階でリストアップして、「これを使って酸をきかせよう」とか、「これを使ってしっかり目の味付けにしよう」などと料理のイメージを考えます。出汁がきいた料理も入れることが多いので、「この食材はスープ料理にしよう」など。そういうふうにコースを組み立てていきます。

 

レストランという表現

cenci」を開業する前、料理だけですべてを表現し切ることの限界をすごく感じていました。特に僕らのような、ある程度のお値段をいただくレストランで、皿の上だけですべてを表現するのは無理があると思います。お客様が店に入ったところから、歩いて席につき、何も乗っていないテーブルを見たとしても、テーブルの上で驚くような出来事が起こっていて、レストランのどこを見渡しても、器から建築に至るまで、「良いな」と思うものが空間のあちこちにある。そうやって見飽きない中に料理が出てきて、料理が乗っているお皿も、「誰々さんのお皿だ」とわかる人は、それに気づくだけでもテンションが上がる。そのお皿にさまざまな生産者、一次産業の人の想いが詰まった食材が乗っていて、食べてみたらきちんとその食材の味もわかる。

 

その意味で、もし聞かれれば説明できることを僕はたくさん用意しているのですが、最初から全部を説明するわけではありません。「実はこのお肉は、56通りの段階を踏んで火が入っているんです」とか。そういうことを先に情報として言う必要はないと思っていて、でも聞かれたら言えることというのがたくさんある。それは食材のことだけではなくて、器のことも、カトラリーのことも、テーブルや椅子のこともそうです。そうやって自分の知識も高めて、さまざまなことが表現できるのがレストランであると思います。

 

日本の技術を、京都から発信する 

様々な人との出会いと共に、7年目を迎えている「cenci」は、庭なども含めて店も育ってきて、良い雰囲気になってきていると感じています。あらゆる物事が、人同士の縁で成り立っていくということが最近すごくわかります。いかに美味しい食材だと言われても、それを扱っている人と波長が合わないと、僕は使わないんですよ。そこはすごく大事かなと思います。

 

細尾さんとは、同じ京都で縁があって出逢って、さまざまなお仕事をご一緒したり、料理をつくらせてもらったりしていますが、すごく意味があることだと思います。伝統産業は、絶対に未来へとつないでいかなければいけないものです。一次産業の農家さんも同じですが、世界に誇れる素晴らしい技術を日本はたくさん持っているのに、世界への発信の仕方が上手ではなかったり、欧米への敬意ばかりが強くなってしまったりして、その文化が廃れていくのはもったいないことだと思います。「cenci」がそのような日本の技術を、うまく洋食の世界へと落とし込むことができれば、海外の人が来たときにそれを伝えられる可能性がある。特に京都という場所ですから、インバウンドで来る人も多い。そのような場所で日本の技術を発信することはすごく大事で、日本の技術を未来へとつなぐためにも、行なう意味があることだと思っています。


前篇」はこちら

 

坂本健 Ken Sakamoto

1975年、京都生まれ。大学在学中にヨーロッパを旅行した際、イタリア料理の美味しさに出会い、料理人の道へ進む。大学卒業後の99年に、東山七条のトラットリア「イル パッパラルド」でキャリアをスタート。当時シェフを務めていた笹島保弘氏のもとで料理を学ぶ。2002年には笹島シェフの独立に伴い「イル ギオットーネ」に移籍し、和の食材を用いた新たなイタリア料理を創出。9年間料理長を務めた後、14年に独立、岡崎に「cenci(チェンチ)」をオープン。素材の良さを引き出し、食材の生産者の想いを伝えるイタリア料理を、器から建築まで、味わいのある空間で届けている。

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