美しいものこそ、時代を越えて残る

美しいものこそ、時代を越えて残る

Interview

細尾直久(HOSOO architecture) 前篇

今回新しくお披露目した新作ファニチャー「ラウンジ・シリーズ」と「ダイニング・シリーズ」。西陣織、石英石、真鍮を絶妙のバランスで組み合わせた、豊かな表情を持つコレクションです。

デザインを手がけたのは、HOSOO architectureの代表を務める、建築家の細尾直久氏。2019年に竣工したHOSOOの旗艦店、HOSOO FLAGSHIP STOREの設計を手がけた建築家です。

HOSOO FLAGSHIP STOREも、左官や鍛冶、石貼り、漆喰、箔貼りといった工芸技術の粋が詰め込まれた、多彩な質感があふれる建築です。

新しい家具コレクションの発表に合わせて、2回にわたり、細尾直久氏のインタビューをお届けします。今回の「前篇」ではHOSOO FLAGSHIP STOREのことを中心に、細尾氏が「工芸建築」という言葉に宿す哲学や、西陣織と建築とのつながりについてうかがいました。 

工芸が持つ力

HOSOO FLAGSHIP STOREは、元禄時代から続く西陣織の織屋・問屋の本社社屋であり、旗艦店です。美しいきものを着ると気持ちが晴れやかになるように、工芸品には人の気持ちを変化させたり、人のコンディションをより良くしたりする力があります。

物や装いを通して気持ちが変化するというのは、すべての人が毎日、無意識に感じていることだと思います。仕事の打ち合わせに行くときに良い時計をしていくと、自信を持って臨むことができたり、人に会うときにお化粧をしていくと、気持ちが高まった状態で振る舞えたり。そういったことによって人は自信を持てたり、元気になったり、豊かな気持ちになったりする。それは大げさにいえば、物が人を変えるということだと思います。

 

そういったすべての人が無意識に感じていることを、意識的に設計やデザインに取り込んでいる建築を、僕は「工芸建築」と呼んでいます。それが僕自身の建築の理念です。なぜ「工芸」かというと、「工芸」は、手仕事によって実現された繊細な質を宿すことで、人の感性にはたらきかけ、人を触発する力を持っているからです。僕は工芸が持つその力を、建築にも宿したいと考えました。物から人へのはたらきかけが感じてもらえるような空間をつくることを大事にして、計画を進めていきました。

西陣織からのインスピレーション

僕は日本の古建築を見るのが好きでよく観に行くのですが、古建築では、垂木がたくさん並んでいても、部材一個一個に木としてのクセやゆがみがあります。そういうクセと向き合いながら昔の大工は、一個一個建築を形にしていきました。建築の部材というのは、現代の考えでは建築という全体のうちの「部分」ですが、昔の建築では、それが規格化された均一な部分ではなく、それぞれの個性を持った素材であるということです。現代建築特有の「息苦しさ」は、素材の豊かな個性を忘れているところから来ていると思っています。

HOSOOが代々営んできた西陣織は、シルクの糸をベースとして、そこに箔に代表されるような多様な素材を織り込むことで、比類なく美しい織物を生み出してきました。異質な素材同士が調和して一枚の美しいテキスタイルを作り上げているその姿は、僕にとって、理想的な社会の写し絵にさえ思えます。さまざまな素材を織り込んで均衡させる僕の建築の方法は、西陣織の文脈からインスピレーションを受けたものでもあります。 

現代建築が失っている「工芸性」を取り込むことで、一つの建築の中で物の多様性を含みこみ、それが調和した、居心地の良い場所をつくる。そのためにHOSOO FLAGSHIP STOREでは、左官、鍛冶、箔貼り、石貼り、漆喰といった伝統的な技術を組み合わせることに挑戦しました。世界中のどこででも同じような建築が大量生産されている状況ですが、僕としては、違う選択肢を提案していきたいと思っています。

「経年美化」する建築

HOSOO FLAGSHIP STOREができて2年が経ち、外周の版築に苔が生えたり、建築の表情が少しずつ変化してきています。現代建築では通常、経年変化を起こしているように見せない部材の開発や使用が重視されています。でも僕はファサードの版築や漆喰に代表されるように、あえて経年変化を可視化できるようなマテリアルを使っているんです。

そうすることによって、時間が経っていないように見せたり、永遠に変化しないものが美しいという価値観とは違う価値観を表現したいと思ったんです。「本物」こそ経年変化するものであり、美しく歳をとっていくものであると。そういったアプローチが重要なのではないかと設計の段階から考えていて、そうなるように工夫をして建築をつくりました。

建物の外壁は、墨を混ぜた漆喰で全面を塗っています。そこに3mm幅の金箔の目地を走らせています。墨漆喰は経年変化によって退色したりするなど、時の経過を刻んでいくことができる素材です。一方で金箔というのは純金ですから、経年変化が起きない代表的な材料なんです。時が経てば経つほど変化する墨漆喰と、変化が起きない金箔を組み合わせることによって、経年変化を美として捉え直す。「経年美化」と言ってもよいかもしれません。そういった意図を込めています。

でもそれは新しいことでは全然ありません。16世紀に千利休が考えていた「侘び」と同じコンセプトだと思うんですね。退色したり朽ちたりすることは一見ネガティブなことに感じられますが、それを愛でたり、文化的な工夫によって解釈しなおして、美へと高めていくわけです。僕はそれが「侘び茶」の精神だと考えています。そういった考え方を移植して、新しい現代の文脈に置きなおして、体現できたらと考えました。

美しいものを受け継ぐ

また、「経年美化」の考え方は、きもの文化に由来するものでもあります。きものは親から子へと、世代を越えて大切に受け継がれて着られますよね。その文化の根底にあるのは、本当に良いものを、お手入れをしながら長く使っていこうという考え方であり、代々受け継いでいるものこそ美しい、素晴らしいという価値観です。

僕はそれを建築で考えています。「ウレタン塗装で経年変化しないようにした建築が良い」ではなくて、経年変化して、障子の張り替えや左官の塗り直しが生じることを、むしろポジティブに捉える。メンテナンスがあるからこそ愛着も湧いて、代々受け継がれるようになる。だから「工芸建築」ということで、「さまざまな工芸技術を使っています」ということだけを言いたいわけではないんです。長い時間軸をつなぐものとして、「工芸」という言葉を使っています。

でも「代々受け継いでいるものこそ美しい」といっても、そもそも世代を越えて大事にしたいという気持ちが自然と湧くようなものでなければ、代々受け継がれることはありません。だからこそ僕は、人の心にうったえかけるような美しい建築をつくりたいと考えています。

後期ルネサンスを生きたイタリアの建築家、アンドレーア・パッラーディオが手掛けた建築は、500年経った今でもきちんと残っています。美しいものこそ、時代を越えて残る。人がそれを残したくなるからです。大事にしたい、次の時代にバトンタッチしたいと思わせる美的な力があるから、お手入れをして、次の世代へ残す。そのような建築をつくることが、建築家の務めだと思っています。

「後篇」へ続く

細尾直久(ほそお・なおひさ)

1981年ミラノに生まれ、京都で育つ。洛星高等学校卒業。近畿大学国際人文科学研究所で柄谷行人氏、岡﨑乾二郎氏に師事しながら、理工学部建築学科卒業。ミラノ工科大学留学を経て、David Chipperfield Architectsに勤務。イタリアから日本へ帰国後、2015年京都にてHOSOO architectureを設立。一級建築士。noteで「工芸建築論」を執筆中。

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